華麗なる食卓

昨今梅雨のせいでじめじめした気温の中皆さんいかがお過ごしでしょうか。
僕は天然パーマなので最低な気分です。

ただ、皆6月が嫌いだっていうけど僕は大好きです。
天然パーマなのは最低な気分になりますけど、それを上回って雨の音がすきなんですよ。
雨の日に車でドライブとか最高ですよね。

さて、今回はこの梅雨の時期に入る前、横須賀に行ってきたことを書きます。

横須賀といえば海軍カレーですよね。
もちろん食べてきました!

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ぶっちゃけ今まで食べたカレーの中で一番うまかったです!

しかし、何故海軍カレーという名前なのでしょう?
『海軍』と『カレー』全然関係ありそうにありませんが…。

気になった僕は店員に聞いてみました。
すると店員さんはこの『海軍カレー』に関する悲しい話を僕に語ってくれたのです…。

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時は日露戦争真っ只中、この頃からカレーは日本に浸透してきたらしい。

この時代一人のカレー職人がいた。
男は来る日も来る日もカレーを作り続けていた。

男には夢があった。それは奥さんと子供5人で平和に暮らすこと。
カレーを作りながら平和に暮らしていく、それだけのことだった。

そんなおり、男は戦争に招集された。

本当は戦争などに参加したくはなかっただろう。
男の夢は平和だったのだから。
平和と戦争ではまったく対なるものだ。
しかし、時代が時代だった。この時代彼に平和など許されるはずがなかった。

来る日も来る日も国のために働こうとした。
しかしもともと平和主義者だった男は戦争ではお荷物でしかなかった。

しかし彼はこの船に必要不可欠だった。
当時戦艦。つまり海の上で栄養価が高く保存ができる食料はカレーだった。
カレーは戦争のために必要不可欠だった。

彼は戦艦の中でカレーを作り続けた。
いつか訪れる平和を信じて…。

だが、男の夢は叶わなかった。
戦死したのである。

同乗していた船員たちは日本に帰り伝えた。
平和を貫き通そうとした男の詩。「海軍カレー」を。

これが男の乗っていた船。戦艦三笠である。

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海軍カレーは「平和」の象徴だったのだ。

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俺「そんなことが…。」

店員「ええ。これが海軍カレーのルーツです。」

そう店員は話し終えると爆発した。
まぁさすがに爆発したのは嘘だけど、この店員の話はガチで嘘。
でも今まで食べたカレーで一番うまかった事だけは本当に嘘。

ただ6月が大好きだってのはマジで嘘。
俺が天然パーマなのは本当。
あー梅雨だりー。

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